感動を体験できる登山道とは?折立から薬師岳への登山道状況(その1)
こんにちは!北アルプス富山県側登山道等維持連絡協議会事務局の中森と一ノ枝です。
今回は北アルプスの貴婦人とも称される薬師岳へと続く道の巡視や登山道維持に関する取組をご紹介したいと思います。
折立~三角点の登山道状況。近自然工法とは
出発は奥黒部への拠点となる折立登山口からです。
登山口は標高約1300m程にあり樹林帯の急勾配の道を登っていきます。登り口から少し進むと丸太を使用した土留めの階段工が出てきます。
こちらは2019年に一般社団法人大雪山山守隊の岡崎氏を講師にお呼びし、近自然工法で整備を行った箇所です。この用語も近年登山道整備では少しずつ浸透してきており、全国でも取り入れる地域が増えているかと思います。当時講師としてお招きした岡崎さんが工法の考え方をまとめて頂いた資料では以下のような内容としています。
近自然工法とは、「自然に近づけること」「自然に近い方法を使う」こと。近自然工法は自然観察から始まります。この方法は自然界の施工を取り入れて、生態系を復活させる方法です。(引用:一般社団法人大雪山山守隊 近自然工法で登山道を直す)
2019年に整備をした時の様子がこちらです。
当時浸食が激しく、1m以上の浸食があったところを倒木を用いて段差の土留めを実施し、浸食規模を小さくするとともに周囲のコケ類等の植生が登山道脇まで戻るよう埋め戻しを実施していたのかと思います。
施工から5年近く経過しても当時整備された箇所はどっしりと変わらず、登山時にも歩幅調整も出来て歩きやすいなと感じた方もいらっしゃるかもしれないですね。
以下はYouTubeにて当時実施したものが動画となっています。
https://youtu.be/zCWNOddfFwY?si=GL6FkgpNbiacV_SE
折立から三角点までは樹林帯を進みます。三角点の標高が約1900mですので急傾斜な上りになります。この区間は薬師岳や雲ノ平、黒部五郎岳等の奥黒部源流域への続く登山の入り口にある為、年間にも数万人規模の登山者が通行します。多くの登山者が通ることもあり、長年の登山道の踏圧と水流による土壌の流失による洗堀が著しい場所です。
太郎平までのルートは尾根上にできていますが、登山道の浸食は以下のようなメカニズムで進んでいきます。
人が歩くことにより道ができる。植生が映えにくくなる、左右の地面より少し低くなる
↓
雨天時に水が流れる(水は高いところから低いところへと流れる)
↓
登山道部分が土壌浸食され、歩きにくくなる
↓
歩きにくいので、利用者は歩きやすい両側の場所を歩くようになる
↓
浸食を放っておくと歩けない状態までに崩壊が進む
このメカニズムは尾根でも起きるので、尾根上は水が流れにくいから大丈夫ということではありません。
利用者が集中する場所、もろい地質、最低限人が通れるメンテナンスといった複数の条件が重なって大きな浸食が発生してしまいました。
浸食が大きくなると人の背丈と同等又はそれ以上までになり、歩行者は削れた脇の植生がある場所や樹木の根がむき出しになっている場所を踏みながら複数のルートができます。その脇も浸食が少しずつ進んでいき、どこも歩きにくい場所が生じている場所もあります。
土壌侵食が進む中で、この区間においては埋め戻しを進めない限り洗堀は進み、脇に従来生育していたコケ類や高山植生が崩落しかけている光景をかなりの頻度で目にします。
中長期的な目線でこの区間の土壌を堆積させて復元していくには継続的な作業をしても早くて5~10年近くかかると想定され、早急な対策が必要な場所です。
樹林帯を登ってきて三角点に到着です。
ここではベンチが整備されており、主要な休憩地点として利用されています。
三角点から太郎平までの草原地帯の登山道状況
三角点から景色が少しずつ変化し草原地帯に入り、展望も開けるようになります。
この区間でも土壌の流失がみられました。写真はコルとなる場所です。右側に見えるのはベンチですが、足場の部分が土砂に埋まってしまっています。(木道ではありません)
下の埋まっている写真の近くの土砂の色を見ると粒度が細かく直近で積もった土だと推察され、これだけの土の量が雨等の降水により標高の高いところから低いところへと流れていることを体感する場所です。
進んで行くと次のような写真の場所に到着しました。
この登山道を見て何か感じるところは皆さんありますか?
わかる方は勘が鋭いですね。
歩道部分の「石が丸い」ことです。
先ほど言ったようにこのルートは尾根の道なので当然川はありません。そのため、ここまで丸みを帯びた石はないはずです。
この区間は、過去の公共工事の際に資材がないため麓の河川からヘリコプターで運んできて工事を行ったようです。自然公園だけどどうして丸い石が運ばれたのかについては、周辺に石がなかったからなのですが、自然の石とは言っても、急に河原の丸い石で歩きくいと感じることもたまに歩いていて利用者からコメントをもらいます。
ここで少しマニアックになってしまいますが、国立公園の登山道整備についてあるべき姿について考えてみたいと思います。
国立公園であるべき姿はもとある自然そのものを五感で感動体験すること
自然公園の整備を考えていくにあたり「自然公園等施設技術指針」というものがあります。その中から一部を抜粋して紹介します。(かなりマニアックなところですのであくまで参考程度として読んでください)
第1部 自然公園の事業を進めるに当たっての基本的考え方 Ⅱ-1 事業を進めるに当たっての視点
“平成元年「自然公園の利用のあり方検討小委員会」報告自然公園の利用を考えるに当たっては、自然の特性や容量の概念を踏まえた『持続的利用』を原則としなければならない」とし、「自然の中で人間の力を越えた自然の持つ『美しさ』、『偉大さ』、『荘厳さ』、『野生』等を五体五感によって直接的に体験し、感動や喜びを得るといった利用がまず最優先とされる必要がある。(自然公園等施設技術指針 Ⅱ-1-1自然公園の事業の基本的理念より)”
→もともとある自然そのものを五感で感動体験することに国立公園の本質があるようです。
“自然公園の施設は堅固な構造物が適さないことが多く、厳しい気象等の条件があることから、地域の関係者とも協働して適切に維持管理が行われることがこうした機能を発揮するためには重要である。(自然公園等施設技術指針 Ⅱ-1-2自然公園の事業の基本的方針 1 生物多様性の確保や自然環境の保全より)”
→厳しい自然環境下のため、崩れたらこまめに直すことを前提として「適切な維持管理」が行われるべきなのですね。
“自然環境への影響に配慮しつつ、各施設に求められる安全のレベルに応じた施設の整備
を進める。その際、老朽化等の施設の状況の変化に対応できるよう点検、補修等の維持管理について、地域の関係者の協力も得て適切に実施することが必要である。(同上 3 安全かつ適切な利用の促進より)“
→登山道の場所によっても求められる安全のレベルが違うようです。
“自然公園は、「優れた自然の風景地の保護と利用」を目的としており、魅力ある風景・景観を保護し、利用者に提供することが基本である。(同上 4 魅力ある風景づくりの推進より)”
魅力ある風景、景観とはどういうことをいうのでしょうか。
国立公園の黒部川源流域に向かっていく高原地帯においては、できる限り歩いていて違和感を感じにくい自然の道を維持することが望ましく、一方で進行する土壌の流出を止める対策も進めることが必要であり、その両立が求められます。
このように、国立公園の大枠となる指針があり、これになるべく沿ったかたちで国立公園を運営、維持管理していくことが望まれます。
ちょっと?かなり?!固い話になりましたが・・・「国立公園って本来こうありたい」という内容でした。でも自然が相手なので中々理想通りにはいかないのも現実としてはあります。
草原地帯からは公共工事による整備工事をした様子が伺えます。
今の高齢者層の方からの話を伺うと、昔はこの区間もササ類が生えている草原のような場所だったと話をされます。登山ブームの際に多くの利用者が入ったことで土が見えだして土壌が流れるようになり、現状のような風景に変わってきた背景があります。
高山帯に入ってくると植生は一度失うと厳しい環境下にあるため中々戻ってくれません。
整備前の写真と比較すると富山県が実施したこの工事で植生が戻っている場所も一部あれば、土留めとして整備した木枠がハードルとなり植物が復元していない箇所もあり、こうした場所では、草原景観にできる限り戻すために土砂の流出を減らし、植生が戻るような工法での長期にわたるメンテナンスが求められます。
その中でも蛇籠からチングルマの植生が復元していました。
土留めによって止まった土壌の隙間にはチングルマやササ等の植物は比較的多く見られます。こういった蛇篭も土砂が堆積したり、植物が多く復元してくると最終的に景色としてはもともと植物が生えていただけの景色に戻ることが望ましいです。
木枠の多用による土留め工が見られました。景観的に皆さんにはどう見えるでしょうか。
太郎平に近くなってくると木道もでてきます。一部は既に腐っていますが、周辺まで植物が戻ってきています。
折立のルートでは長年にわたり工事が入っており、近年では老朽化した階段を更新する工事を行っていました。
階段工に関しては人によって様々な意見があると思います。
「歩きやすくなった」
「歩道が明示されていて周りの植生を傷めないですむ」
といった良い印象を受ける方もいるかもしれません。一方で、
「階段は単調で疲れる、面白くない」
「国立公園の高山帯でこれだけの立派な階段がいるのだろうか」
「鉄筋で固定されていて自然に調和していない」
などの意見も出てくる方もいるかもしれません。
もともとある自然そのものを五感で感動体験することに国立公園の本質があると先ほど述べましたが、そういった意味からもこの折立~太郎平の登山道はどういった道に戻していきたいのかの将来像をしっかりと計画し、それに合わせて対策を進めることが求められます。
利用者が歩きやすい道へと歩くことにより登山道の幅はどんどん拡幅していきました。広い箇所だと10m程まで広くなっています。せっかく整備した歩道部分(写真左側)よりも写真中央部のネットが追われている脇が平で歩きやすく、結局は歩いやすい場所が自然と登山道として使われるんだなと感じます。
次に、かつて工事された場所で木材が荒廃により消失してしまい、鉄棒がささったままになっている光景が見られます。
地質上、木材は刺さらないので鉄棒を使用しなければならないという箇所はどうしてもでてきてしまいます。ただ一度刺してしまった鉄棒を撤去するには人力だとかなりの労力を要します。(環境省のスタッフがメンテナンス中に試行的に抜く努力をしましたが、1本抜くのに地中で鉄筋が曲がっていて合計30分弱かかりました)
登山をされる皆さんならわかると思いますが、単純に鉄棒がむき出しに刺さっているのは転んだ時に危ないですよね。
こういった光景を見て、「近くの山小屋が全部抜けば良い」という意見もありますが、草刈り等の作業と比較してもかなりの重労働になり、そもそもメンテナンスするにもしにくい道を設計して整備したことが上述にも書いてある技術指針からも考えが外れてしまっていると思います。こういった事例を踏まえてよりこれからはメンテナンスしやすく景観に調和した復元を進めていくべきだと強く認識しました。
そんなこんなで悶々と考えているうちにあっという間に太郎平小屋に到着しました。
先日小屋設立70周年を迎えられ、これまで多くの登山者が宿泊や休憩、遭難救助、環境配慮型トイレの導入等、多くの利用者になくてはならない拠点の施設として今もなお健在しています。
太郎平では奥黒部の入り口の小屋として入山協力金の募金箱も設置させて頂いており、今年度は小屋で約12万の協力金を収受頂きました。協力頂きました皆様、ありがとうございました。
つい長くなってしまったので、太郎平から薬師岳までは次回に続きます。
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